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京丹後七姫伝説番外編 京都府京丹後市久美浜町と中村静香を強引にコラボレイト。

京都府京丹後市久美浜町は京都府の北西に位置する町で、2004年4月1日に京丹後市として生まれ変わるまで京都府熊野郡久美浜町という町でした。

人口約10,000人の小さな町で豊かな自然に囲まれ、ヒトと自然が共生する昔ながらの日本の風景が沢山残っています。


京丹後市久美浜町は日本海と久美浜湾があり、夏は海水浴が楽しめ、冬は松葉蟹、久美浜湾のかきなど新鮮な海の幸を満喫できる食の町としても知られています。


日本海に面した海岸線の美しさには定評があり、山陰海岸国立公園と山陰ジオパークに認定され、山陰随一の白砂青松のロングビーチがひろがっています。


久美浜北部の小天橋は昔ながらの漁師町で、その面影を残しながら、多数の民宿や旅館が建ち並びます。

また久美浜湾周辺には歴史を体験できる建造物や重要文化財もある上に、冬の蟹をはじめ海の幸が宝庫な土地で、隣接する兵庫県豊岡市の城崎温泉と併せて日本海の観光を満喫できる場所です。


以上、京都府北部にある久美浜という町をPRしてみたのですが、久美浜町と中村静香がどう関係するのでしょうか。

実は中村静香さんの出身は久御山高校という京都府の公立高校で、全国高校サッカーで京都府代表として出場したことのある学校です。

勘の鋭い方はお気づきでしょうが、久美浜と久御山、とても読み方と漢字が似ています。当ブログが京都府北部から応援しているのと併せて、似ているつながりでPRしてみました。


久美浜湾で楽しむ中村静香、というイメージ。↑久美浜湾ではありませんのでご注意を!


リラクゼーション施設で楽しむ中村静香、というイメージ。久美浜町でリラックスしているわけではありませんのでご注意を!




もはや説明不要でしょうが、テニスコートで楽しむ中村静香。久美浜町のテニスコートではありません!

とまあ勝手にコラボレーションしてみましたが何もオチはありません。

※一部画像はやわらかしずか、ぷるぷるしずか(何作目かは失念)から引用しました。

突然ですが京丹後七姫伝説を勝手にPR!京都府出身女優の中村静香氏の画像を添えて分かり易く解説。

今日は京に伝わる伝説を紹介します。

京丹後七姫伝説というものです。

この伝説は史実と創作の入り混じった話で、京丹後地方にゆかりのある美女を七人ピックアップし、それぞれの物語を集めたものです。

非常に硬派な話で、民俗学や日本史に興味のない方には苦痛でしかないと思います。

そこで京都府出身のグラビアアイドル、中村静香さんに(勝手にですが)ご登場いただき、分かり易くしかも見ていて楽しく紹介していきます。




網野町は丹後国風土記に伝えられる浦島太郎伝説の地です。

浦島太郎を祀る神社、嶋児神社は網野町浅茂川にあります。

そして物語のヒロイン乙姫を祀る神社は福島神社といい、嶋児神社から少し沖へ行った所にあります。

さらに気持ち悪い話ですが、浦島太郎が自身の顔のしわを投げつけて、それが樹木に張り付いて残っている木もあるそうです。

どんな言い伝えや。



 
京丹後市発行のパンフレット一部抜粋。以下同じです。

京丹後市が町おこしの企画として京丹後にゆかりのある女の子をフォーカスして、観光の目玉にしようと頑張っています。

今回はそのうちの一人、浦島太郎の乙姫を紹介しました。

詳しく調べてないので適当な話になるのですが、浦島太郎のようなポピュラーな物語は全国のあちこちで伝説や言い伝えが残っていて、乙姫のエピソードとかは調べたらいろんな町で出てきそうです。

ですから網野町オンリーワンのネタと疑いなく信じてよいのか分かりません。

ま、そんな事を言っていたら町おこしなんか何もできませんので、京丹後市網野町の乙姫ゆかりの地を訪れてみてはいかが。



こちらは現代の乙姫こと中村静香。限界ギリギリの白ビキニが眩しい。





京丹後地方には画像にあるように七か所で歴史上の女性の言い伝えが残っています。よく調べたなと感心しました。

中心地から大きく外れている過疎地とはいえ、さすが京都の町のひとつです。

町おこしのネタでもほかの地方都市と歴史が違います。

 

若かりし中村静香。

幼さが残るのに体は大人顔負けの色っぽさ。京都の姫伝説に名前を連ねちゃいましょうか。




間人皇女(はしひとのひめみこ)とは孝徳天皇の皇后です。

舒明天皇(じょめいてんのう)を父に持ち、天智天皇の同母妹にあたります。

なにせ大化の改新の時代に生きた人ですから、謎は多く確かな情報の少ない歴史上の人物です。

日本史の中で何かやり遂げた人ではなく、日本書紀に名前が出たことで有名になった人です。

  

京丹後市発行のパンフレットには聖徳太子の母との記述が。

さすが町おこしプロジェクト担当者ですね。インパクトの強いエピソードを見つけてこられます。

間人皇女の伝説の名残で京丹後市には間人という地名が残っています。

間人と書いて「たいざ」と読みます。

「はしひとの」とも「たいざ」とも読みようがないのですけどね。

当時の人か明治の廃藩置県の時代か知りませんが、単なる読み間違えで現在に至るような気がしてなりません。

 

聖徳太子の時代に中村静香がいたら色々伝説が生まれたと想像します。

静香さんのようなスタイルの良い女性が飛鳥時代にいたと想像するだけで笑えてきます。






川上摩須郎女は丹波道主命の妻です。

歴史上夫婦共何をしたわけでもありませんから言い伝えも後世に伝えたい逸話もありません。

関連する遺跡が京丹後で沢山発掘されたので、それなら観光名所としてみようか、となっただけ(だと思います)。



国王の妻ですか。中村静香が古代に生きていたら国王の妃になってたかもしれません。

本当に京丹後市の町おこしになるのか分からない羽衣天女伝説。

京丹後市に縁のある伝承の一つに羽衣天女伝説があります。

羽衣天女伝説のあらすじをざっくり説明すると以下のような物語になります。



天から地上へ遊びに来た天女が裸で水浴びをしていた所、その姿を京丹後市の老人某がこっそり覗いていました。

老人は天女を天上へ帰すまいと、なんと天女の着ていた羽衣を隠してしまいました。

天女は羽衣が無いと天上へ帰れないので、やむなく地上で暮らさざるを得なくなるのですが、羽衣を隠した老人がウチに住みなさいと天女を説得し、真実を知らない天女はその老人の家で生活する事になりました。

天女は地上の生活で何もせずに住まわせてもらうのもアレなのでと酒造りを始めましたが、これが世に受けて老人の家は裕福になりました。

天女のおかげで裕福になった京丹後市の老人某は、もう天女には用が無いと考えたのか、あろうことか自分の子ではないと言って天女を家から追い出してしまいました。

行き場所を失いさ迷い歩いた天女は、やがて別の住む場所を見つけそこで生涯を終えました。

彷徨っていた当時の嘆きを歌にしたものが丹後国風土記に記されています。

いやあ酷い話です。

京丹後市在住の老人某の犯した罪をざっと挙げてみると、

①天女の裸をこっそり覗いた行為。

②羽衣の盗み。

③自分が帰れなくさせた張本人なのにそれを隠して天女に恩を着せた罪。

④天女の労働の成果を権原無く取得(不当利得)。

⑤裕福にしてくれた恩人の天女を追い出す行為。

が挙げられます。

身勝手な犯行で罪の無い天女の貴重な人生を台無しにしたわけですから、物語の結末で老人某に罰が当たらないといけないはずですが、そのような記述は残っていないようです。

こんな恥ずかしい老人某を堂々と町おこしのネタに使うのは控えた方がいいと思いますがねー。どう考えても醜い話でしょ。

とはいえ京丹後地方の人間の気質をデフォルメしたら、羽衣天女物語の老人某になると言えなくもない所はあります。

あーなんかウンザリしてきたので中村静香の画像でも貼って気持ちを明るくします。



細川ガラシャは明智光秀の二女で宮津城主の細川忠興に嫁ぎました。

細川忠興は本能寺の変のあとに義父である明智光秀ではなく豊臣秀吉側に就いたため秀吉と敵対関係にあった人間の娘を妻に持つ微妙な関係になってしまったのです。

豊臣秀吉から妻ガラシャを幽閉するよう指示され、泣く泣く京丹後市弥栄町味土野に幽閉したと言われています。


 

ガラシャは熱心なキリシタンでしたが中村静香はキリシタンかどうか不明です。





京丹後市大宮町五十河には小野小町が晩年を過ごした場所との言い伝えや史料が遺っています。

妙性寺縁起によると、火事に悩んでいた村人の相談を受けた小野小町が「五十日」という地名を「五十河(いかが)」に変えてみてはいかがと提案したのが五十河の由来と言われています。

京丹後市のセントラーレ・ホテル京丹後には小野小町温泉という立ち寄り湯があります。

慢性皮膚病、神経痛、運動機能障害によいとされています。

中村静香のプロモーションンDVDのロケ地に使っても良い所だと思います。



京丹後七姫のトリを飾るのはわれらが中村静香と名前が同じ静御前です。



なんと静御前は京丹後(京都府熊野郡網野町)生まれだったと言われています。

白拍子として京で働いていた静香が源義経と運命的な出会いを果たし悲しい結末を迎えます。

わずか20数年でこの世を去ってしまいましたが、今もなお源平の物語に欠かせない人物として語り継がれています。

中村静香のグラビアアイドル時代の美しい姿も、後世に語り継いでいくにはファンが少しずつでも画像、動画を公開して、人々の目につくようにしていかなければなりません。

というわけで中村静香の画像を少しばかりですが貼ります。


 






京丹後七姫伝説に最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。


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